第7窓
第7窓
ポンシオ・ピラトのもとに、われらのために+字架につけられ、苦しみを受け、葬られた。
この窓は、旧約と新約、つまりイサクとキリストの犠牲を絵画的に現わしている。「わたしが来たのは律法や予言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることけはない。だから、これらの最も小さな掟をーつでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国でもっとも小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。」(マタ5 章17 – 19 節)。
1 ・2 、子供に自分の身体を食べさせるペリカン。
これは、キリストが自分の身体を聖体をもって我らに食べさせる喩えである。
3 、受難による新約が結ばれたゴルゴタの岩。
岩のもとには、兵士たちに囲まれて十字架を背負っているキリストが見える。岩の真中には、杯が置いてある。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」(ルカ22 章20 節)。十字架のもとには、アダムの墓が見える。初期の伝統によると、キリストはアダムの墓のところに十字架につけられ、そして彼の血がアダムの骨にこぼされたのである。「キリストは[ . . . ]わたしたちの代わりにアダムの負債を払い反した。昔の罪の記録を自分の心から血を流して消したのである。」(復活祭の宣言)
4 、旧約を象徴しているシナイの山。
そのもとには十戒の板を持って髪の乱れたモーセの姿が見える。
5 、墓に葬られるイエスの身体。
「彼らはイエスの遺休を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ。」(ヨハ19章40 節)。
6 、仔羊に喩えたキリストの犠牲を象徴している、モリア山でのイサクの犠牲。
下の部分に見える木の枝を持っているイサクは、十字架を背負っているキリストに相当する。「神はアブラハムを試された。[. . . ]彼が、『 はい』 と答えると、神は命じられた。『あなたの,息子、あなたが愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山のーつに昇り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。』」(創22 章1 – 2 節)。