カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

神田教会について

日本で最初に聖フランシスコ・ザビエルに捧げられた教会

カトリック神田教会は1874年(明治7年)1月にこの地に創設され、東京のカトリック教会でも有数の歴史を持つ教会です。
その出発は1872年、三番町において始められたラテン学校です。再宣教に備えて将来の司祭をひそかに養成し始めていたおり明治6年2月24日にキリスト教の禁教令も解かれ、フランス公使ベルトミー氏の斡旋により、この地にあった元旗本の三屋敷を入手し、その70畳の大広間を聖フランシスコ・ザビエルに捧げる聖堂としたのが今日の神田教会の始まりです。

明治10年には初代教区長ピエール・マリー・オゾーフ司教の居住地となり、東京の宣教の拠点となりました。
明治29年10月28日に、本格的な聖堂が建立され、大正2年2月20日、神田一帯の大火の後には煉瓦造りの聖堂が建てられました(大正4年3月14日)。8年後の関東大震災により、この聖堂は失われましたが、当時の主任司祭ジャン・マリー・シュレル師の尽力と使徒の協力により、1928年(昭和3年)12月9日、現在も健在な聖堂が完成しました。厳しい歴史の風雪に耐え、東京の都心部にありながら、聖堂内は静寂な祈りの雰囲気を保ち続けております。
祈りの家、心の憩いの場として多くの人々のご来訪をお待ちしております。

バナー
バナー

本日の福音

  • 2019.01.20 年間第二主日

     [そのとき、] ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました《と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。《 しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください《と言った。そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい《と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい《と言われた。召し使いたちは運んで行った。世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、 言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。《イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。(ヨハネ2・1-11)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

新着情報

過去の新着情報